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〜龍を描いていると龍神が現れる〜
龍に龍を導かれた画家シリーズ

 
龍の絵を描いている時空を見上げるとよく龍が出てきてくれます。
そんな壟神雲を集めたギャラリーです。

大須観音・龍雲

愛知県名古屋市内の大須 繁華街にある1324年に 創建された北野山真福寺寶 生院で、地元の人からは大 須観音として親しまれてい ます。 2023年に「大須観音守護龍」を奉納し、また、辰年だった2024年10月には古事記漫画家のふわこういちろうさんと一緒に原画展を開催させていただきました。原画展のチラシやのぼりのデザイン制作中に、同じ顔と同じ構図の龍雲が現れた。

愛知県・陽秀院

大須観音からほど近く に、曹洞宗陽秀院はあり、 紙張り地蔵尊が有名で、通 称・大須秋葉殿と呼ばれて います。  2023年に「降臨龍」 を奉納させていただました。 秋葉殿の入口右側に鎮座し ております。降臨龍が設置 されたのを見に行ったとき も、構図と同じ龍雲が現れた

若宮神明社・限定御朱印製作

愛知県一宮市の若宮神明社・令和二年四月限定御朱印製作完了した夕方。    おおぉ〜来たなと思ってその雲をずっと眺めておりました。右から下に降りてくる首の流れが先程までやってた龍と似てたんですね。 これは絶対顔を出してくれるでしょう。としばし雲の動きを眺める。 どんどん顔っぽく、目が見えてきたぞ。。 やはり同じ姿で私の前に姿を見せてくれました。

昇龍図〜謝〜製作途中

明け方まで右の龍図を描いていました。朝、近所の神社の階段runをして参拝した時、本殿の上に朝まで描いてた龍の龍神様が顔を出してくれましたよ。同じ向きで同じ顔だった。

昇龍図〜謝〜製作途中2

昇龍図〜謝〜製作途中に現れた龍神様ですね。 ガソリンスタンドで給油中、龍神さんぽい雲だなと思ってちょいちょい見てました。給油も終わったとこで、なんか顔になってきたんじゃない。。 車移動してもっと良く見えるところへ。。 おお〜きましたね。 口を開け始め、目とキバまで出てきましたよ。

〜龍を描いていると龍が現れる〜#2

朝の龍雲 筆を握ると、夜があっという間に深まっていく。気がつけば、窓の外がうっすらと明るくなりはじめている。 そんなとき、ふと筆を置きたくなる。ひと区切りをつけるように、静かな朝へ向かうための呼吸を整えるように。 玄関を開けると、ひんやりとした朝の空気が肌に触れる。その瞬間、張りつめていた肩の力がふっと抜けていくのがわかる。まだ眠っている街の上には、やわらかな空が広がっている。 見上げると、そこに龍がいる。 それは、いつも自分が描いている龍と同じ顔をしていて、雲となって空に浮かんでいるのだ。2〜3分で消えてしまう、その姿。 でも、その短さゆえに、まるで奇跡のように感じる。 「今日も描けたな」と思える、静かで清らかなご褒美の時間。 あの龍雲は、もしかしたら筆を見守ってくれていた龍の、ちょっとした挨拶かもしれない

〜龍を描いていると龍が現れる〜#3

アトリエにこもってエアブラッシュに没頭していたら、気づけばもうこんな時間。遅めのランチにでも出かけようと、外に出る。空気が気持ちいい。流れるような雲も、どこか自由で心をほどいてくれる。 「何を食べようかなぁ」とトコトコ歩いていると、また来てくれた。あの雲が、あの形が。口を開けて、牙まであるじゃないか。しかも今日は尻尾がどんどん、どんどん巻いていく。 ぐるぐると、渦を巻いて、とぐろをつくっていく。おいおい、描いてるのと一緒じゃないか、、 こうなってしまうと、もう目が離せない。 「おおぉ〜〜……!」 でも、それもほんの数分の命。いつのまにか形を変え、そして消えていってしまった。龍雲というのは、儚いものなのだな。 まるで空が、今描いている龍に「それでいいよ」と答えてくれたみたいで、なんだかうれしくなる。

〜龍を描いていると龍が現れる〜#後半

龍が守ったマニラの空 2018年フィリピンを襲った百年に一度と言われるほどの猛烈なハリケーン。 マニラの高層タワーマンションもその猛威の例外ではありませんでした。依頼主の方が暮らすそのマンションでは、上下左右の住戸のリビング窓が、クラッシュしたそうです。 けれど、彼のご自宅のリビングだけは奇跡のように、何ひとつ壊れなかった。 そこには、一枚の龍の絵が飾られていました。私が描かせていただいた龍の絵です。 「この龍が家を守ってくれたんだと思う」 災害だけではありません。事業もまるで追い風に乗ったように好転し、年末には親子で日本まで来てくださり、龍への感謝の想いを、熱く、まっすぐに届けてくださいました。 「今度は、別荘にも一枚お願いしたい」 そのご依頼の言葉が、何よりもうれしく、ありがたく思えました。 目には見えないけれど、確かに“何か”がそこにある。そんな気配を、私自身が感じた出来事でした。 龍神とは、単なる空想ではなく、人の願いや想いが形となって顕れる存在なのかもしれません。 描き手として、その“通り道”になれることを、ただただ光栄に思います。

〜龍を描いていると龍が現れる〜#7前半

Philippine在住中国系の実業家の方からの御依頼の龍です。内容は「珠を口にくわえた龍が昇って行くイメージでバックに水と山が欲しい」という事でした。昇龍なら縦のイメージで山と水は奥に配置するかなと、何回かのスケッチのやりとりで「水と山はもっと面積が欲しい。龍の珠を口にくわえるのはやめて、口を開いた龍が珠を採ろうとしてる感じが良い」と言う事になりその方のイメージが届きました。その後何度かスケッチを繰り返し「山はもっとデカく、水は手前にドーンと欲しい」と。中国の方は龍とその背景に意味を持たせてますので、こだわりが違います。かなりの枚数のイメージでやっと完成したのがコレです。構図がどんどん変わっていく中完成した時、なんかひっかかる物がありました。構想を練ってた時沖縄の海に出た龍神雲でした。コレは今迄の龍神雲の中でも最大級にビックリです。左右反転すると全く同じ構図、手前に水・夕日・上向きに口を開けふたこぶの胴体。。

ゴジラのような

ゴジラのようなデカイ姿が現れましたよ。小さい手もちょこんとついてまねぇ〜

マカオからの依頼の龍図

フィリピンで奇跡が起きたあの龍のご縁から、今回はマカオ・タガイタイの別荘に龍を描いてほしいという依頼をいただき、現地へ飛んだ。 山の斜面には富裕層の別荘が立ち並び、麓には慎ましく暮らす人々。そして湖には、世界一小さな火山「タール・ボルケーノ」が湖の中に静かに佇んでいた。 この地に生きるすべての人々を見守るような龍を描こうと決めた。龍が持つ宝珠には、「護(まもる)」の一字を込めた。描いている最中、空に現れたのは、眼下を優しく見下ろす龍の姿と笑顔の龍神雲。この構図で良いという天からのお告げのように感じた。 納品から半年後、フィリピンから連絡が入る。あのボルケーノが噴火したという。しかし、今回は一人の犠牲者も出なかった。「護」の想いが、ほんの少しでも届いていたのなら龍のまなざしに、そっと祈りを重ねた。

〜龍を描いていると龍が現れる〜#1

龍を初めて見たのは、思いがけず訪れたバリ島でのことだった。ちょうどその時、年に一度の神聖な祭り「ニュピ」と偶然にも滞在日が重なった。 前夜祭が始まる前に、クタビーチを散策している時だった。それが、私が初めて出会った「龍」だった。ただそこに、静かに悠然と漂っていた。 その龍の姿は、なぜか心の深いところを震わせ、胸の奥に深く刻まれた。今思えば、それが私が龍を描くことになった最初の一歩だったのだと思う。 翌日のニュピ当日は、バリ島全体が静寂に包まれる日となる。電気の使用や外出は禁じられ、店はすべて閉まり、飛行機も車も一切動かない。旅行者もホテルの敷地から出ることはできない。ろうそくの明かりと虫の声、風の音だけが寄り添う一日。人々は瞑想し、静かに悪霊たちが去るのを待つのだ。 そんな神秘的な体験を経て帰国すると、不思議なことに、最初の仕事が映画の衣装に龍を描くという依頼だった。偶然とは思えなかった。まるで、バリ島の龍が次の扉を開いてくれたかのようだった。   もう20年も前のことだ、、、

〜龍を描いていると龍が現れる〜#4

ちょっと睨みを効かせた雲龍図を描いていた夕方、ふと目を上げるとアトリエの窓から夕焼けが目に入った。赤く染まる空。オレンジとパープルが織りなすグラデーションに見惚れる。 後光が差し込み、心にドッカン・ドッカン響く美しさ。自分では決して再現できない色彩の力が、まるで圧し掛かってくるかのようだ。 そのとき、ふと右上の空が気になった。 「んんっ…」 目を凝らすと、逆さまになった龍の姿がうっすらと浮かんでいた。光る目を持つその姿は、神々しさと少しの恐怖を併せ持つ。 急いで写真を撮り、上下を反転させて見てみると そこには、自分が描いていた雲龍と同じ眼があった

〜龍を描いていると龍が現れる〜#5

神田明神様への奉納の為の双龍図を描いてる時に 出てきた黄金の龍雲です。 コレは地震雲じゃないかというくらい、かなり幅の広い一筋の金の雲でした。 神様への龍神は違うなぁ〜と思ったものです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 古来より襖・屏風などに多く描かれてきたモチーフである”龍”を現代の感性で 描いたのが今回の「神田明神双龍図」です。 眼には慈しみと厳しさを兼ね備え、慈しみの心でこの大宇宙を守護している龍神は100年400年前の絵師達が決して見る事の出来なかった地球です。 昭和・平成の絵師はそれを見る事が出来る現代に生きているありがたさを後世に残す絵として、地球を表現する事は次世代の子供達に伝えていくうえで大切な事である。先人達が描いてきたものを守る事だけではなく、その時代に生きた絵師が後世に残していき、50年100年先の絵師がその時代を映した”龍”を描いていく事でしょう。 そんな思いを込めて描いた龍です。

〜龍を描いていると龍が現れる〜#6

フィリピンから龍のご依頼がありました。コレは難しいぞ。そこでフィリピンの事を調べると「サンパギータの伝説」と出会った。よし、、コレだ!!マニラ近郊に2つの集落があり、隣接する集落の領主の息子と娘が恋に落ちます。しかし敵対関係にあったため逢う事も出来なかった。2人は満月の夜になると長く連なる竹の柵の一番端で密かに会うのでした。事件が起き戦さが始まります。片方の領主が病に倒れ亡くなり息子が戦さの指揮官となるも深い傷を負ってしまいます。自分が死んだら竹の柵の所に埋めて欲しいと従者に頼みます。残念な結果となり、娘にも知らされます。それを聞いた娘はショックで倒れてしまいます。そして娘が亡くなる前に、私をあの竹野柵のとなりに埋めて下さい。それから月日が経ち、満月の夜になると2人を埋めた竹の柵の所で可憐な声が聞こえ、サンパギータの白い花が咲くのでした。最初のイメージは満月に向かって二匹の龍が昇っていく姿で考えていたがサイズが小さいのでいざ描いてみるとやはり良さが出ない。顔のアップに描き直す事にした。最初のイメージに近い寄りそう2つの龍が出たのだ。。まさにこの姿がイメージだった。。

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